・東三河の「笹踊」カレンダー


「笹踊」とは


愛知県東部(東三河)、豊川(とよがわ)流域の祭礼に奉納される神事芸能です。
現在、牛久保八幡社を始め19ヶ所確認されています。
その他東三河の笹踊の影響を受けたと考えられる笹踊が岡崎市石原町で奉納されています)


踊り手は3人で胸に太鼓を付け、多くは一人は大太鼓。あとの二人は小太鼓です。
大陸風の唐子衣装に頭部には笠を付け、マスク状の物を付けたりして顔を隠すか化粧をしています。
笹踊歌を唄う囃子方が付く所や付かない所もあり、囃子方のスタイルも様々です。
笹踊歌も踊りに伴ったりするところもあれば踊りとは別に唄われる所もあります。


その起源は江戸時代まで遡り、朝鮮通信使の影響と考えられております。
笹踊の語源は朝鮮語の「セ・サラムノリ」(三人踊の意)が訛ったと考えられて
おります。

 

以下、東三河の各地で行われているその「笹踊」を、紹介します。



・豊橋市大村町:八所神社(3月最終の日曜日)

昭和になって吉田神社より伝わりました。
衣装、所作共に吉田神社に似ています。
囃子歌は既に途絶えていて、今となっては再現できないようです。

 

・豊川市上長山町:素戔嗚神社(4月第1日曜日)
中学生位の男子が踊ります。
殿前で踊った後、殿裏手にある御旅所まで行列の最後を歩いていきます。
踊り手の後には若い衆が囃子歌を唄いながら付いて行きます。
踊るときには囃子歌は唄いません。

 

・豊川市牛久保町:牛久保八幡社(4月8日に近い日曜日とその前日)
豪華な衣装が目を引きます。
しゃがんだりジャンプしたりダイナミックな所作が特徴です。

町内役員と”ヤンヨウガミ”と呼ばれる囃子方の一部が踊り手の周囲で囃子歌を唄い、
その他の”ヤンヨウガミ”はところ構わず囃子歌を唄いながら
「ヤンヨウガミもヤンヨー」の掛け声で一斉に仰向けで道路へ寝ころぶのが有名です。
寝転んだヤンヨウガミは起こし役が起こすまで起き上がってはいけないと言うのが慣わしです。

 

最近になって牛久保小学校の児童による笹踊が八幡社前と寺町会所前で余興として行われるようになりました。

 

・豊川市大木町:大木進雄神社(4月第2土・日曜日)
大木町に隣接する氏子である西原町の人達が笹踊を担当します。
紺を基調とする衣装が特徴的。
小学生が踊り、囃子方は若い衆が担当します。
踊り手の周りで町内役員が囃子歌を唄い、”ヤンヨウガミ”と呼ばれる囃子方は
牛久保同様、囃子歌を唄いながら「ヤンヨウガミもヤヨヤンヨー」の掛け声でうつ伏せに、

折り重なるように地面に寝転びます。
牛久保の様な起こし役は特にいません。

 

・豊川市千両町上千両:上千両神社(4月第2日曜日)
大木進雄神社より伝わったと言われています。
小学生の踊る、踊り手の衣装はどことなく大木に似ておりますが、所作、歌は異
なります。
踊り手を取り囲んで大人の囃子方が囃子歌を唄います。

 

・豊川市小坂井町:菟足神社(4月第2日曜日)
氏子である平井町の人達が笹踊を奉納します。
お囃子は既に行われていないようです。
牛久保同様、ダシや二輌の大山車(おおやま)があり、隠れ太鼓が奉納されています。 

 

・豊川市上長山町:若宮八幡社(4月第3土・日曜日)
踊りのような所作は無く、太鼓を3つ、4つ、5つと叩きながら早足で進みます。
鳥居前と拝殿前で向かい合います。
囃子方の若い衆が囃子歌を唄いながら爆竹などを鳴らします。
その他、牛久保のように男の子が巫女の格好をして舞う、神子舞も東三河では珍しい物ではありませんが、全国的には珍しく興味深いです。

 

・豊川市伊奈町:若宮八幡社(4月第3土、日曜日)
暫く中断していましたが、平成になって踊り手を若い衆から小学生に変更して復活しました。
所作は小坂井の踊りを踊った後、三谷の踊りになり、何らかの関係があるのではないかと思います。
笠の感じも三谷を髣髴させます。
なお、伊奈では笹踊の表記が”佐々踊”になります。
踊った後に子供達にはおひねりが飛びますが、小学生が踊るようになってから始まったようです。
”警護”と呼ばれる囃子方は大人が担当していましたが諸事情で平成24年より中断してしまいました。

 

・新城市富岡:富岡天王社(7月第2日曜日)
小学校高学年から中学生位の少年が化粧をしています。マスク状のものは付けません。
太鼓でリズムを刻みながら進み、奉納場所で大太鼓と小太鼓が向き合って、
バチを回したり足を後ろへ上げたりする所作をします。
囃子歌(既成の伊勢音頭に歌詞を付けた)は以前は録音したものを流していましたが、今はそれも中断しています。

 

・豊川市豊川西町:豊川進雄神社(7月第3土・日曜日)
笠は中高で金地に牡丹の模様。朝鮮風です。
衣装も豪華で宵祭りは銀、祭りは金の衣装になります。
踊り手の周囲に囃子方の若い衆が取り囲み、踊りが外から見え難くしています。
進雄神社から御旅所まで休みなく踊り続けるため、踊り手、囃子方は大変そうです。
祭りでは道中に留め置かれた東西一対の大山車(おおやま)上で(現在、車輪が外されて曳けません)隠れ太鼓が奉納されます。
踊り手は豊川では”神”として丁重に扱われていますが不思議なことに隠れ太鼓にはそういう話はありません。

 

・豊橋市関谷町 吉田神社(7月中旬、木~日曜日)
通称、豊橋祇園祭で知られる吉田神社祇園祭です。
笹踊の一番古い記述が残る、伝統的な笹踊です。
祭りでの大人の笹踊の他、子供の笹踊もあります。
旧東海道吉田宿であり、豊橋市の中心街で行われます。
残念ながら囃子歌は今では途絶えてしまい、再現も困難のようです。
明治初頭まで2輌の大山車(おおやま)があり、隠れ太鼓も行われていました。

 

・豊川市御津町御馬 引馬神社・八幡社(8月第1日曜日)
それぞれ一か月違いで行われていた天王社、八幡社の祭礼を一つにまとめたため、5種の踊りがあります。
笠に小さな御幣がたくさん付いているのが最大の特徴です。
御馬では踊り手を”ヤンヨウガミ”と呼んでいます。
囃子歌は篠笛から始まりますが踊りの中では唄のみです。踊りもダイナミックで見応えがあります。
笹踊に続いて奉納される”七福神踊り”も必見。

 

・豊橋市老津町 老津神社(9月末又は10月初旬の土曜日)
昭和になって始められた、比較的新しい笹踊です。
若い衆が足元で出す大量の爆竹とともにきびきびした所作で歩く。
大太鼓と小太鼓の大きさの区別がありません。
踊り手のきびきびしたダイナミックな所作と対照的に囃子方(特にヤンヨウガミ等と呼ばないそうです)は化粧をしたり
法被以外にも思い思いのユニークな衣装を着て、まるで”おしくらまんじゅう”のような感じで怒鳴るように唄います。

 

・新城市宮ノ後:富永神社(10月上旬、金、土、日曜日)
顔に化粧をした少年(最近では女子も参加)が踊っていますが、かつては青年が踊っていました。
新城市内の三社は何れもマスク状のものを付けず、化粧をしています。
中高の帽子の様な笠、大陸風模様の唐子衣装は笹踊りの中で一番朝鮮風に思えます。
進むときには行進曲の様なリズムで太鼓を打ち鳴らすのが印象的です。
残念ながらお囃子は途絶えています。

 

・新城市大宮:石座神社(10月中旬の土、日曜日)
顔に化粧をした小学校低学年の少年が踊ります。
笹踊の中で一番かわいいです。
囃子方は”スズメ”と呼ばれ牛久保や大木のヤンヨウガミに衣装が似ております。
藺笠の被り方が額の上で縛り、や顔に化粧をするところが独特です。
腕を袖に通さずに着物の中に入れる着方も独特です。
”スズメ”は田んぼや川の中に入って暴れ、地面に寝転がりますが、うつ伏せ、仰向けのルールは無いようです。
また、牛久保の様な起こし役も居ないようです。

 

・豊川市上長山町:白鳥神社(10月第2日曜日)
紙とひごで作ったカラフルな花を付けた笠が特徴です。
囃子方の若い衆は他の上長山(若宮八幡、素戔嗚)の祭礼と交流があるようです。

囃子歌を唄う時と唄わない時があるようです。

 

・豊川市当古町:当古進雄神社(10月第3土曜日)
中断していた笹踊は復活したものの人手の関係か、行う年と行わない年があります。
運が良ければ見られる、幻の笹踊です。

 

・豊川市豊津町:豊津神社(10月第3土、日曜日)
明治になって始まった笹踊です。
宵祭りは境内では手筒花火の中を、祭りの境内では囃子方の若い衆が足元で大量の爆竹を鳴らす中で踊ります。
所作は、ポーズを決めて動かずにじっとしていて突然動き出し、小太鼓が左右にそれぞれ片手を伸ばしたポーズを決め、
大太鼓がその間をジャンプして通り抜けるのが印象的です。
踊りと囃子歌は境内に入ると休みなく続けます。

 

・蒲郡市三谷町:三谷八剱神社(10月下旬土・日曜日)
絢爛豪華な山車(やま)の海中渡御で有名な、東三河では牛久保と並ぶ代表的な祭礼です。
三谷では笹踊りを”くぐり太鼓”と呼んでいますが、くぐり抜けるような所作から
こう呼ぶそうですが
他の笹踊同様、朝鮮通信使との影響が起源と思われますので”高句麗太鼓”が訛ったという説の方がしっくりします。
くぐり太鼓は正徳元年(1711)の朝鮮通信使が来た翌年から始めています。
くぐり太鼓は宮である”松区”の人達により行われ、大人と子供のくぐり太鼓があります。
三谷祭りの中心的な神事としてくぐり太鼓があります。
囃子歌はありませんが松区の子供たちが唄う”笹源氏”の唄があり、「ササゲンジモサ」という歌詞は、
牛久保の「サーゲニモサー」等と関係がありそうです。
衣装は伊奈と似ていますが下衣はないのが特徴です。
松区では三谷祭りとは別に8月上旬の日曜日に秋津神社祭礼でも子供のくぐり太鼓を奉納します。
三谷の有名な山車はその形態、幕の取り付け方等から牛久保等の”大山車”と関係があるのではないかと思われます。
4輌の山車のうち3輌(上区、西区、北区)は牛久保の宮大工、井桁屋(現、花田工務店)が建造又は改造をしております。  

 

・岡崎市石原町:石座神社(10月第3日曜日)
新城市大宮の石座神社と関係があると言われている神社の祭礼です。
西三河唯一の笹踊ですが、踊り手は2人。しかも普段着の少年。
太鼓の後ろに笹持ちの子供と囃子方の大人で構成されています。
踊りはありません。囃子歌に合わせて「ちよにやちよにや~」の時のドコドコ鳴らします。
東三河ではササオドリを言う時にはアクセントはありませんが、ここでは”オ”にアクセントが付きます。
これが豊川流域の笹踊と関係があるのか?未だ謎に包まれております。

 


文責:酒本寛純