山車芸能としてみた「隠れ太鼓」(柴田晴廣)

 文化庁は、「山・鉾・屋台行事」を本年度(2015年度)のユネスコの無形文化遺産登録を目指している。


 愛知県内では、「尾張津島天王祭の車楽舟行事」(津島市・愛西市)、「知立の山車文楽とからくり」(知立市)、「犬山祭の車山行事」(犬山市)、「亀崎潮干祭の山車行事」(半田市)、「須成祭の車楽船行事と神葭流し」(蟹江町)が対象になっており、
残念ながら、わが「牛久保の若葉祭」は含まれていない。

 津島天王祭といえば、信長が天女の格好をして見物したといわれ、中世から続く、全国的に見ても代表的な山車祭りで、この地方の山車祭りに大きな影響を与えた。

 「隠れ太鼓」は大山車(おおやま)といわれる二層四輪唐破風屋根の山車の二層部分で演ぜられるが、文化3(1806)年ごろ、下地の山本貞晨氏が著した『三河國吉田名蹤綜録』には吉田天王社の祇園祭の大山車の絵図とともに、その大山車を「車樂」と記している。

 その「隠れ太鼓」、若葉祭のほか、現在、菟足神社の風祭、豊川天王社の祭礼(いずれも豊川市内)で行われているが、若葉祭のものは、いわゆる「人形振り」による少年舞である。

 ここに「人形振り」とは、人形淨瑠璃を歌舞伎化した演目である丸本物において、役者が人形の動きをまねて演じることをいい、「人形振り」で演じられる登場人物の背後には、必ず人形遣い役が役者の体を支えながらあたかも人形を動かしているかのように演出する。

 その意味で「知立の山車文楽」は、若葉祭の「隠れ太鼓」を考える上で参考になろう。

 この「知立の山車文楽」、後述の「犬山祭の車山行事」を始めとする尾張の山車からくりと異なり、夜間でも山車文楽が演じられる。「隠れ太鼓」も夜間も演ぜられる点は共通するが、山車文楽が山車が停止した状態で演ぜられるのに対し、「隠れ太鼓」は山車を曳行しているときでも演ぜられる点で異なる。

 現在、若葉祭では本祭の朝、上若組が大山車曳きを行っている(風祭では宵、本とも曳行しながら「隠れ太鼓」が演ぜられる)。知立祭の関係者や尾張の山車からくりの関係者には是非これを見ていただきたい。

 また若葉祭の「隠れ太鼓」は、いわゆる「人形振り」で行われることが豊川や小坂井と異なるが、踊り手の少年が欄干から逆さになるなど、アクロバティックな動きがあるのも特徴である。

 「犬山祭の車山行事」は、数ある尾張の山車祭りの中でも、綾渡り、乱杭渡りといった「離れからくり」といわれる何度の高い妙技がみどころである。この「離れから繰り」も曳行中に行われることはない。また上述のように、夜間にはからくりは演ぜられない。

 三十数年前まで、宵祭の終了後、上若組の大山車はお宮の前から、上若組と西若組の境になる共栄湯前まで、「隠れ太鼓」を演じながら曳いていた。

 これはユネスコの無形文化遺産登録の対象となっている県内五箇所の祭礼にはない、珍しいものである。是非とも復活を願う(なお風祭では本祭終了後の日が沈んでから宿の大山車を曳行しながら「隠れ太鼓」を演じている)。


 最後になったが、本論で採り上げた、風祭及び豊川天王社の祭礼、そして津島天王祭、知立祭及び犬山祭については「若葉祭」関係者に見学を勧める。